Nightmare

スノーボードにおいてお金よりもグループでつるんでいる事の方が大事だった時代。それはどのブランドにおいてもブランドオーナーはまずライダーであった時代。スノーボードがアチテュードとスタイルにおいてもスケートボードの延長線上だった時代。
スノーボードがテレビのために作り込まれたイベントになる前だった時代。その頃、Joe Sutaの考案によりNIGHTMAREは生まれた。Joeはシカゴでライダーをしていた。それは90年代New Scheoolがコロラドのサミットカウンティで頭角を表していた頃だ。
彼の考えに賛同したグループを求め、コロラドに身を移した。その頃NIGHTMAREを立ち上げた。 コロラドは彼が思い描いていたものとは違った。そのグループの一員になりたいと思い育ってきたが、コロラドはDew Tourの通過点に過ぎなかったのかもしれない。

コロラドのスノーボードカルチャーを更に掘り下げていくと、彼はスノーボードの本物のスピリットがまだ存在していることに気がついた。 自身と考えが似た人物にJoeは出会った。それがTom Scheneiderだ。 JoeとTomは意気投合しゴースト化したコロラドのスノーボードの貢献者たちを立ち上がらせた。
彼らは古い機材を見つけた。それはSteve LinkのLegendary Summit Snowboards Factoryだ。 プレスと素材はWastell brotherが乗ったSolid SnowboardsでコアとトップシートはTarquin Robbinsの時代のAggression Snowboardsのものだ。 オリジナルかつニュースクールを作るというスピリットのもと二人はハンドメイドスノーボードを作り始めた。

もう一人の重要な人物はTrent Bushだ。彼はスノーボードヒストリーにおいて影響力のあるブランド TWIST, ANALOG, SECTION, TECHNINEに携わった人物だ。 Colorado Snowboard Archive Museumの立ち上げのため多忙な日々を送っていたTrentはNIGHTMARE工場にて修復品を取りに行った。
そこでJoeとTomと話をし、Trentはリアルなスノーボードを知る人物だからこそ本物をつくるという彼らの考えに賛同したのだ。 そして Trentは彼らのNIGHTMAREのステップアップのために加担した。 その年、多くのライダーのためにハンドメイドスノーボードを作った。
Terry KidwellとSimsのオリジナルRoundtailsをリエンジニアリングし、Bobby Hundredsにオリジナル板の作り方を教え、古い友人であるMarc Frank Montoyaにまで板を作った。 ライダーたちが好きなことを反映させたスノーボードはブランドの未来を背負っていた。
草の根活動がようやくNIGHTMAREをコロラドの地に根をはらせた。 包括性・値頃感・技術に焦点を置き・数量限定のインハウススノーボードを製産していった。 彼らの目的のために4人目となる人物に声をかけた。Paul McGintyはRide Snowboardsのチーフデザイナー兼エンジニアを10年に渡り行ってきた人物だ。PaulはJoe, Tom, Trentと供にアイデアを結集させ次世代のスノーボーダーのための板を作り上げた。NIGHTMAREはスノーボードをチームレベルさらにライダーレベルにおいてサポートしている。
彼らは自身のショップFuture Shockをコロラド州フリスコにオープンさせた。そこは大量生産のスノーボードが合わないと感じたスノーボーダーが集まる場となった。自主制作ムービーを作り、更には恒例となったBull of the WoodsコンテストをBreckenridgeの森にあるレジェンドJay Nelsonの鉱区にて開催した。最も重要な事はNIGHTMAREはコミュニティを確立させライダー・スノーボーダーの繋がりを作った事だ。きっと努力をし続けることが変化をし続けることなのだろう。

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